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รายละเอียดคำ

七条町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 南区 > 七条町 日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 港区 > 七条町 七条町(しちじょうちょう)は、愛知県名古屋市南区及び港区の地名。現行行政地名は七条町1丁目から七条町3丁目。住居表示未実施。 名古屋市南区の西部に位置し、南に加福町、北に六条町、東に泉楽通、西

คำที่เกี่ยวข้อง

七番町 (名古屋市)

愛知県 > 名古屋市 > 港区 > 七番町 七番町(しちばんちょう)は、愛知県名古屋市港区の地名。現行行政地名は七番町1丁目から七番町5丁目。住居表示未実施。 名古屋市港区北東部に位置する。東から北は熱田区、西は九番町、南は東海通に接する。 熱田新田のうちの「七番割」にあたることに由来するという。 1940年(昭和15年)10月10日

七曲町 (名古屋市)

名古屋市 > 中区 > 七曲町 七曲町(ななまがりちょう)は、愛知県名古屋市中区・東区の地名。 江戸時代は、南伏見町の西七曲筋に対して、東七曲筋と称した地であった。武平町から西新町に至る道が幾重にも折れ曲がっていたことに由来するという。 1871年(明治4年)9月29日 - 七曲町と改称。 1878年(明治11年)12月20日

七間町 (名古屋市)

住居表示実施に伴い、1~4丁目が丸の内三丁目、4・5丁目が錦三丁目に編入され、消滅。 櫻井清三郎(足袋太物商、愛知県多額納税者、地家主、櫻井殖産代表社員) 櫻井清三郎(櫻井代表、呉服商、櫻井屋、木綿商、足袋太物商) 林董一 [脚注の使い方] ^ a b c d e 福岡清彦 1976, p. 18. ^ a

六条町 (名古屋市)

また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる。 名古屋六条郵便局 中部ケミカル仲継株式会社・株式会社メイシン(株式会社サンラックスの関連会社) 大島病院 閉院後、1996年(平成8年)4月、同病院を引き継いで名南ふれあい病院が開院している 。名南ふれあい病院は2003年(平成15年)6月1

七島 (名古屋市)

北は東茶屋一丁目・同二丁目・同三丁目・同四丁目に接する。 南陽町大字七島新田には現在4つの小字が庄内川及び新川周辺に存在する。このうち字庄内川西縁・珍寿野・流作場は、庄内川と新川に挟まれた領域に位置し、東に当知町字草野、西に南陽町大字藤高新田字新川東縁・新川西縁、北に南陽町大字茶屋新田字一番割宮東に

研屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 研屋町 研屋町(とぎやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 廃刀令発令により、当町に刀剣商が集まったことによるという。 1871年(明治4年)9月29日 - 杉ノ町筋の一部により、愛知郡研屋町として成立。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区研屋町となる。

板屋町 (名古屋市)

名古屋市計画局 1992, p. 740. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 741. ^ 山田幸太郎 1954, p. 154. 山田幸太郎 著「吉田祿在居住址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、154頁。  「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典

米屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 米屋町 米屋町(こめやちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。現在の名駅三・四丁目の各一部に相当する。 当地に名古屋米穀取引所が所在したことに由来する。同取引所は1898年(明治31年)に設置され、1927年(昭和2年)に中区米浜町へ移転した。 1901年(明治34年)4月17日

油屋町 (名古屋市)

名古屋市 > 港区 > 油屋町 油屋町(あぶらやちょう)は、愛知県名古屋市港区の地名。現行行政地名は油屋町1丁目から油屋町4丁目。住居表示未実施地域。 名古屋市港区中央部に位置する。東は善進町・善進本町、西は高木町、南は善進町、北は当知二丁目・入場二丁目に接する。 当地の地主が油屋を営んでいたことに由来するという。

鍋屋町 (名古屋市)

名古屋市 > 東区 > 鍋屋町 鍋屋町(なべやちょう)は、愛知県名古屋市東区の地名。1976年(昭和51年)1月18日、同区泉二丁目および同三丁目に編入され、消滅。 中学校 - 名古屋市立冨士中学校 小学校 - 名古屋市立山吹小学校 国勢調査による人口の推移 かつては清洲城下町に鍋屋

玉屋町 (名古屋市)

玉屋町(たまやちょう)は、愛知県名古屋市中区(当時は西区)にあった地名。現在の丸の内の一部に相当する。 清洲越しにより清洲の下本町(しもほんまち)が移転して成立したため、その名称で存在していたが、貞享4年に宝珠(宝の玉)に由来する玉屋町と改めたという。 慶長16年 - 清洲越しにより、名古屋城下町において下本町として成立。

屋敷町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 南区 (名古屋市) > 屋敷町 屋敷町(やしきまち)は、愛知県名古屋市南区の地名。 豊田町字屋敷裏に由来する。 1930年(昭和5年)11月26日 - 南区豊田町の一部により、同区屋敷町として成立。 1960年(昭和35年)3月20日 - 豊田町の一部を編入する。

久屋町 (名古屋市)

、南は中区新栄町、北は東桜一丁目に接する。かつては1~8丁目が存在していた。 当初は干物町と称していたが、初代尾張藩主徳川義直が当地を通過した際、末代まで繁栄する場所であるという意味を込めて命名したものであるという。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区久屋町となる。 1889年(明治22年)10月1日

飴屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 飴屋町 飴屋町(あめやちょう)は、愛知県名古屋市中区にあった地名。現在の上前津一丁目・上前津二丁目・橘一丁目・富士見町の各一部に相当する。丁目は設定されていなかった。 名古屋市中区南部に位置していた。 『武道要話雑抄録』によれば元禄7年、『尾張志』によれ

針屋町 (名古屋市)

中区 > 針屋町 針屋町(はりやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 清須時代の針屋小路の名称に由来する。 1871年(明治4年)9月29日 - 笹屋町を編入する。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区針屋町となる。 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市針屋町となる。

桶屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 桶屋町 桶屋町(おけやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 町内に桶師孫左衛門なる人物が居住していたことに由来するという。 江戸時代 - 清洲越しにより、名古屋城下町の桶屋町として成立。 1871年(明治4年)9月29日 - 西鍛冶町を編入。 1878年(明治11年)12月20日

塩屋町 (名古屋市)

塩屋町 塩屋町(しおやちょう)は、愛知県名古屋市南区の地名。現行行政地名は塩屋町1丁目から塩屋町6丁目。住居表示未実施。 名古屋市南区北部に位置する。東は千竈通、西は荒浜町、北は豊田町に接する。 呼続町の字高塩屋一ノ割に由来するという。1793年(寛永5年)に描かれた村絵図によれば、当地には塩屋が所在していたという。

茶屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 (名古屋市) > 茶屋町 茶屋町(ちゃやまち)は、愛知県名古屋市中区の地名。 初代茶屋四郎次郎の子の中島新四郎(茶屋長意)の居住地であることに由来する。 1872年(明治5年) - 益屋町・大和町を編入する。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区茶屋町となる。

納屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 納屋町 納屋町(なやまち)は、愛知県名古屋市中村区の地名。 当地には魚問屋4人が営んでおり、魚を入れておく小屋を指す「納屋掛」の名前に由来する。 1871年(明治4年) - 日置村の川西を編入する。 1878年(明治11年) 12月20日 - 名古屋区納屋町となる。